大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成11年(受)385号 判決

上告人

右訴訟代理人弁護士

髙﨑英雄

被上告人

X1

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

山本隆幸

白井正明

木村利栄

白井典子

五木田茂

玉置敏樹

三原正俊

同訴訟復代理人弁護士

川村篤史

主文

一  原判決中、第一審判決別紙株式目録記載一ないし四及び六の各株式の分割請求及び株券の引渡請求に係る部分を破棄する。

二  前項の部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

三  上告人のその余の上告を棄却する。

四  前項に関する上告費用は上告人の負担とする。

理由

一  事案の概要

本件は、亡Gの共同相続人の一人であり相続財産全部の包括遺贈を受けた上告人に対して、遺留分減殺請求をした他の共同相続人である被上告人らが、共有に帰した相続財産中の株式等について共有物の分割及び分割された株式に係る株券の引渡し等を請求したものである。

二  上告代理人髙﨑英雄の上告受理申立て理由第一について

1  上告人は、遺贈を受け被上告人らからの遺留分減殺請求の対象となっている財産の一部である第一審判決別紙株式目録記載六の株式のみについて、本件訴訟で民法一〇四一条一項に基づく価額の弁償を主張している。

2  原審は、同項の「贈与又は遺贈の目的の価額」とは、贈与又は遺贈された財産全体の価額を指すものと解するのが相当であり、贈与又は遺贈を受けた者において任意に選択した一部の財産について価額の弁償をすることは、遺留分減殺請求権を行使した者の承諾があるなど特段の事情がない限り許されないものというべきであり、そう解しないときは、包括遺贈を受けた者は、包括遺贈の目的とされた全財産についての共有物分割手続を経ないで、遺留分権利者の意思にかかわらず特定の財産を優先的に取得することができることとなり、遺留分権利者の利益を不当に害することになるとして、上告人の価額弁償の主張を排斥し、右株式を被上告人ら三、上告人五の割合で分割した上、上告人に対し、この分割の裁判が確定したときに、右分割株式数に応じた株券を被上告人らに引き渡すよう命じた。

3  しかし、受贈者又は受遺者は、民法一〇四一条一項に基づき、減殺された贈与又は遺贈の目的たる各個の財産について、価額を弁償して、その返還義務を免れることができるものと解すべきである。

なぜならば、遺留分権利者のする返還請求は権利の対象たる各財産について観念されるのであるから、その返還義務を免れるための価額の弁償も返還請求に係る各個の財産についてなし得るものというべきであり、また、遺留分は遺留分算定の基礎となる財産の一定割合を示すものであり、遺留分権利者が特定の財産を取得することが保障されているものではなく(民法一〇二八条ないし一〇三五条参照)、受贈者又は受遺者は、当該財産の価額の弁償を現実に履行するか又はその履行の提供をしなければ、遺留分権利者からの返還請求を拒み得ないのであるから(最高裁昭和五三年(オ)第九〇七号同五四年七月一〇日第三小法廷判決・民集三三巻五号五六二頁)、右のように解したとしても、遺留分権利者の権利を害することにはならないからである。このことは、遺留分減殺の目的がそれぞれ異なる者に贈与又は遺贈された複数の財産である場合には、各受贈者又は各受遺者は各別に各財産について価額の弁償をすることができることからも肯認できるところである。そして、相続財産全部の包括遺贈の場合であっても、個々の財産についてみれば特定遺贈とその性質を異にするものではないから(最高裁平成三年(オ)第一七七二号同八年一月二六日第二小法廷判決・民集五〇巻一号一三二頁)、右に説示したことが妥当するのである。

そうすると、原審の前記判断には民法一〇四一条一項の解釈を誤った違法があるというべきである。

三  同第二の三について

1  原審は、第一審判決別紙株式目録一ないし四記載の新日本製鉄株式会社外三社の各株式について、株式は一株を単位として可分であり、かつ、分割することによる価値の減少が認められないことを理由として、右各株式を被上告人ら三、上告人五の割合で分割した上、上告人に対し、この分割の裁判が確定したときに、右分割株式数に応じた株券を被上告人らに引き渡すよう命じた。

2  しかし、右各株式は証券取引所に上場されている株式であることは公知の事実であり、これらの株式については、一単位未満の株券の発行請求することはできず、一単位未満の株式についてはその行使し得る権利内容及び譲渡における株主名簿への記載に制限がある(昭和五六年法律第七四号商法等の一部を改正する法律附則一五条一項一号、一六条、一八条一、三項)。したがって、分割された株式数が一単位の株式の倍数であるか、又はそれが一単位未満の場合には当該株式数の株券が現存しない限り、当該株式を表象する株券の引渡しを強制することはできず、一単位未満の株式では株式本来の権利を行使することはできないから、新たに一単位未満の株式を生じさせる分割方法では株式の現物分割の目的を全うすることができない。

そうすると、このような株式の現物分割及び分割された株式数の株券の引渡しの可否を判断するに当たっては、現に存在する株券の株式数、当該株式を発行する株式会社における一単位の株式数等をも考慮すべきであり、この点について考慮することなく、右各株式の現物分割を命じた原審の判断には、民法二五八条二項の解釈を誤った違法があり、これを前提として株券の引渡しを命じた原審の判断にも違法があるというべきである。

四  結論

以上によれば、原判決中、第一審判決別紙株式目録記載一ないし四及び六記載の各株式の分割及び株券の引渡しを命じた部分には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。したがって、論旨は理由があり、原判決中、右部分は破棄を免れず、同目録記載一ないし四の各株式に関する請求については、現に存在する株券の株式数、当該株式を発行する株式会社における一単位の株式数等を考慮した現物分割の可否について、同目録記載六の株式に関する請求については、弁償すべき価額について、更に審理判断させるため、本件を原審に差し戻すこととする。

なお、その余の請求に関する上告については、上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除されたので、棄却することとする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官金谷利廣 裁判官千種秀夫 裁判官元原利文 裁判官奥田昌道)

上告代理人髙﨑英雄の上告受理申立て理由

原判決には、以下に述べる各点について、法令の解釈に関する重要な事項を含む問題点があるので、上告の受理をされたいと思料する。

第一 民法一〇四一条一項の解釈について

一 原判決は、野ばら社の株式について限定した申立人の民法一〇四一条による価格弁償の抗弁を容れず、次のような解釈論を述べている。

「民法一〇四一条一項の『贈与または遺贈の目的の価額』とは、その目的とされた財産全体を指すものと解するのが相当であり、贈与又は遺贈を受けた者において任意に選択した特定財産についての遺留分のみにつき価額による弁償請求権を行使することは、遺留分減殺請求権を行使した者の承諾があるなど特段の事情のない限り許されないものととうべきである。けだし、控訴人の右主張のような見解によれば、包括遺贈を受けた者は、包括遺贈の目的とされた全財産についての共有物分割の手続を経ないで、遺留分権利者の意思にかかわらず特定の財産を優先的に取得することができることとなり、遺留分権利者の利益を不当に害することになるからである。」(原判決三二頁七行目から三三頁五行目)

しかしながら、原判決の右解釈論は誤りというほかはなく、民法一〇四一条一項の解釈として特定財産についての価額弁償請求権行使は肯定されるべきである。以下詳述する。

二 遺留分権利者の有する本来的な権利

現行民法において、一定範囲の相続人に認められる遺留分減殺請求権と、これに対抗する受遺者・受贈者またはこれらの者からの転得者(以下「受遺者等」という)の価額弁償請求権が並立的に規定されていることを考えると、法が遺言者及び受遺者等の意思を越えて遺留分権利者に確保しているのは、経済的利益としての価値的な意味での遺産の一部に過ぎないと解される。受遺者等の側に、その一方的な意思で価額弁償請求権を行使することが認められている以上、遺留分権利者と個々の特定の遺産との結び付きは、受遺者等による価額弁償請求権の行使がなかった場合に初めて確実なものとなるのであり、遺留分権利者には、具体的な遺産(の一定持分)を確保する権利が本来的に与えられているわけではない。

このように、遺留分権利者の有する本来的な権利は、経済的利益としての価値的な意味での遺産の一部を確保することにある、と解することは、一方で被相続人に遺言や贈与による財産処分の自由を認めながら、他方で一定の近親者に被相続人の意思にかかわらず被相続人の財産の一定部分を与えるという、現行民法の遺留分制度本来の趣旨に合致するものである。比較法的・法制史的にみても、「ゲルマン型においては現物返還主義がとられたが、近代遺留分法においては、それが価値返還主義によって崩されている。」とされており(新版注釈民法二八四二一頁九行目)、明治民法及び現行民法は、現物返還主義から価値返還主義への転換傾向をもつフランス民法と軌を一にしているとされているのである(同書同頁ないし四二三頁)。

三 個別的な価額弁償は、遺留分権利者を不利にしないし、受遺者等にとって便宜であること

1 遺留分権利者の本来的な権利が価値返還請求権にあるとすれば、受遺者等が特定の受遺・受贈財産について個別的に価額弁償請求権を行使できると解しても、遺留分権利者に別段の不利益はない。なぜならば、いずれにしても遺留分権利者は、減殺請求した財産の共有持分を得るか、または、それに相当する弁償金を得るという形で、遺留分相当額の財産を現実に確保することができるからである。

そして、遺留分権利者への弁償金の支払いの確実性が判例上保障されていること(判例には若干の変遷がみられるが、受遺者等が弁償金の現実の支払いまたはその提供をしない限り、遺留分権利者からの具体的な目的物引渡等の請求を拒めない、という点では一貫している。)を考え合わせると、遺留分権利者の経済的利益という観点からみれば、個別的な価額弁償請求権の行使は、決して遺留分権利者を不利にするものではないということができる。

2 他方、個別的な価額弁償請求権の行使が可能であれば、被相続人及び受遺者等にとって非常に便宜である。

例えば、遺言者が、相続人の一人であるAのみに、甲(同族会社の株式)、乙(市街地の不動産)、丙(乙以外の不動産)、丁(甲乙丙以外の財産)という全財産を遺贈した場合において、Aが、代々続いた家業を継承するためにも甲(または甲と乙)は何としても欲しいが、乙丙丁(または丙と丁)は場合によっては手放しても仕方がないという意思をもつようなケースは、世上しばしばみられるところである。このような遺言がなされる殆どの場合、家業の継続は、Aのみならず遺言者である被相続人の意思にも合致するものであろう。

そのような場合、個別的な価額弁償請求権の行使ができれば、Aは甲(または甲と乙)に相当する分だけの価額弁償に応じ、あとの財産は遺留分権利者B(例えば相手方ら)との共有関係に甘んじるという選択ができ、Aにとって非常に便宜である。逆に、個別的な価額弁償請求権の行使ができないとすると、Aに甲乙丙丁全体について価額弁償に応じる財力がない場合には、Aの意図する家業の継承ができなくなる場合も出てくるわけであって、Aないし遺言者たる被相続人の希望に沿えないのみならず、社会的にも損失が生じる場合さえ少なくないことは察するに難くない。

四 遺贈または贈与の対象となった財産の一部のみについて価額弁償がなされうる他のケースとの整合性

1 多数の者に分散して遺贈された場合との整合性

遺言者が、甲乙丙丁という財産を所有していた場合に、甲を相続人の一人であるAに、乙を第三者Cに、丙を他の第三者Dに、丁を他の第三者Eに、それぞれ遺贈したようなケースを考えると、この場合、遺留分権利者BからのACDEに対する各遺留分減殺請求に対してACDEは、あるいはそのままBの減殺請求に応じ、あるいはBに対して価額弁償請求権を行使して価額弁償をすることを、各ACDEそれぞれが独立して自由に選択できるはずである。

すなわち、このケースの場合、遺留分権利者側は、受遺者集団に属する個々の人の選択により、専ら他律的に、ある財産については具体的な遺留分を、ある財産については価額弁償金をそれぞれ取得することで満足すべき立場に置かれているわけである。かように、遺留分権利者と特定の財産との結び付きは本来脆弱なものなのであり、このケースにおいて遺留分権利者が右のような立場におかれることは、遺留分権利者の有する本来的な権利が、現物返還請求権ではなく価値返還請求権であることの証左でもある。

従って、このケースとの権衡からみても、遺言者がAのみに甲乙丙丁という全財産を遺贈した場合においても、Aは遺留分権利者Bからの減殺請求に対し、各財産毎に、あるいは遺留分の減殺請求にそのまま応じ、あるいは価額弁償請求権を行使できるとしなければ一貫しないというべきである。特に、包括遺贈は個々の特定遺贈の集合体にほかならず、包括遺贈に対して遺留分減殺請求が行われた場合にも、いわゆる遺産共有ではなく個々の相続財産についての物権共有が生じることとなるとする判例の立場(最判二小平成八年一月二六日、民集五〇巻一号一三二頁・判例時報一五五九号四三頁)を前提とすればなおさらである。

2 遺留分減殺請求前に受遺者による処分がなされた場合との整合性

遺言者がAのみに甲乙丙丁という全財産を遺贈した場合において、受遺者Aが遺留分権利者Bからの遺留分減殺請求前に甲を第三者Fに譲渡してしまった場合、遺留分権利者BはAに価額弁償を求めるか(民法一〇四〇条一項本文)、または、譲受人Fが悪意の場合にはFに減殺請求をすることになる(同条項但書)。

右条項本文によりAがBの請求に応じて甲についての価額弁償をした場合でも、Aは、他の受遺財産である乙丙丁については、Bからの減殺請求に対して必ずしも価額弁償を選択しなければならないという理由はなく、これら残りの受遺財産については減殺請求にそのまま応じてBとの共有関係に甘んじる自由も有するはずである。ということは、結果的に甲のみについての価額弁償が行われたのと同様のことが生じるのであり、このこととの整合性を考えると、別段甲が第三者Fへ譲渡されていなくても、甲についてのみの価額弁償がなされうることを認めるのが合理的である。

また、右条項但書の場合、Bからの減殺請求に対して譲受人Fは価額弁償を選択することが認められているが(同法一〇四一条二項)、その場合、Fが価額弁償を選択するための要件として、Aが足並みを揃えて他の受遺財産である乙丙丁について価額弁償を選択しなければならないという理由はない。Fは、Aの乙丙丁についての対応に関係なく独自の判断で甲のみについて価額弁償請求権の行使を選択できるはずである。また、Fが価額弁償請求権を行使した場合にも、逆にそのままBとの共有関係に甘んじる選択をした場合にも、Aが乙丙丁についてそれと足並みを揃える義務を負う理由はなく、Aはこれら残りの受遺財産乙丙丁について減殺請求による共有関係に甘んじるか価額弁償請求権を行使するかの選択権を持つはずである。

このように、法は甲乙丙丁各遺産が常に一体として価額弁償の対象となるわけではないことを予定しているのであり、遺留分権利者の有する本来的な権利が、現物返還請求権ではなく価値返還請求権であることを前提としているのである。従って、常に受遺財産全体についてのみ価額弁償をなし得るだけで個別的な価額弁償請求権の行使を許さないと解することは、法の基本的立場と矛盾する不当な解釈というほかはない。

3 順次引渡等の請求がなされた場合との整合性

遺留分減殺請求権が行使されると、観念的にはその瞬間に遺留分割合に応じた共有関係(判例によるといわゆる物権共有)となるから、価額弁償請求権は、かかる観念的な共有関係が生じた後に行使されるものであることは論を俟たない。多くの場合、その後遺留分権利者Bから具体的に目的物の引渡請求や持分移転登記請求を受けた際に、受遺者Aは価額弁償請求権を行使すべきかどうかの判断に直面するわけである。

ところで、遺留分減殺請求権を行使した遺留分権利者Bは、必ずしも減殺対象となった全部の財産について同時に移転登記請求なり引渡請求なりをする義務を負うわけではないから、例えば当座の金員が必要なBが、まず換金性の高い上場株式についてだけ、受遺者Aに対し自己の遺留分相当分の引渡し(ないし共有物の分割)を求めることもありうることである。そのようなときに、例えば、Aとしても再入手の容易な上場株式については財産としての個性に執着せず、Bの便宜を計って遺留分相当分の株券をBに引渡してしまうこともありうることである。しかしながら、この一連の行為=遺留分権利者Bからの一部財産の遺留分相当の引渡請求と、受遺者Aによる応諾・引渡=を法的に評価すれば、当該財産についてはBからの遺留分減殺請求による共有関係の成立を前提にAB間で共有物分割の合意及びその履行としての遺留分相当分の引渡しがなされたと評価するほかはないはずである。

ということは、仮に原判決のいうように、価額弁償請求権は受遺財産全体についてのみ行使することができるという見解に立てば、右のようなケースの場合、既に一部の財産について受遺者Aが価額弁償請求権を行使しなかった以上、爾後Aは、他の受遺財産についても価額弁償請求権を行使することはできなくなると言わざるを得ない。しかし、かかる結論が不合理であることは明らかであると思われる。

また逆に、遺留分権利者Bが、まず最初に、受遺者Aにとってどうしても確保したい財産について減殺請求に基づく引渡等を請求してきた場合、Aは資金のある限り価額弁償の道を選択するであろう。そのような場合、受遺財産全体についてのみ価額弁償請求権を行使しうるという立場からは、Bから順次他の受遺財産についての遺留分相当の価額弁償金の支払請求権があれば、Aは他の受遺財産についてBとの共有関係に甘んじることを選択する自由を有さず、価額弁償に応じる義務を負うことになるはずである。しかしかかる結論は、「価額弁償の意思を表示していない受遺者に対して、遺留分権利者の方から価額弁償金の請求をすることはできない」旨を判示する裁判例(名古屋高判平成六年一月二七日判例タイムズ八六〇号二五一頁)とも矛盾するし、Aに資金的な余裕がないこともありうることを考えると、一見して不合理であることが明らかである。

従って、少なくとも遺留分権利者からの引渡等の請求が順次なされた場合には、受遺者側に価額弁償請求権を行使するかどうかについて各別の対応の機会を認めなければ不合理である。そして、引渡等の請求が順次なされた場合と同時になされた場合とで差異を設ける合理的な理由はないから、同時になされた場合にも個別的な価額弁償請求権行使を認めなければ整合性に欠くものと考える。

なお、原判決は、「遺留分減殺請求権を行使した者の承諾があるなど特段の事情がない限り」(原判決三二頁一〇行目)個別的な価額弁償請求権行使は許されないとしており、順次引き渡し請求がなされた場合には、右承諾がある場合に準じるとしてかかる特段の事情を認める趣旨と理解できなくもない。しかしながら原判決は、基本的に遺留分減殺請求権の本質を現物返還請求権として位置づけるという誤った視点に立っており、それゆえ、遺留分権利者と現物とを引き離すのに原則として遺留分権利者の意思を介在することを要するという思考を脱却していないのであり、右のような場合だけを特段の事情ありとして例外的に扱う態度は、到底正しい解釈とはいえない。繰り返し述べているように、遺留分減殺請求権の本質は、価値返還請求権なのであり、遺留分権利者と現物とを引き離すのに遺留分権利者の意思を介在することを要するという思考は、遺留分減殺請求権の本質を見誤ったものというほかはない。

五 遺言者・受遺者側に一括行使を回避する手段があること

遺言者が特定の受遺者に全財産(または有力な財産)を与える旨の遺言を残す場合、現実には遺言者・受遺者間で充分な意思の疎通があり、両者間での広い意味での打ち合わせを経て遺言がなされる場合が少なくない。

かような実態に鑑みると、仮に、裁判所が、受遺者は受遺財産全体について一括してのみ価額弁償請求権を行使することができるという解釈を打ち出し、それが実務に定着したとしても、これを好ましく考えない遺言者と受遺者は、両者協議して、予めかかる一括行使を回避する手段を講じて置くことが考えられ、しかもこれは比較的容易である。

まず第一の手段として、受遺者が違えば各別の価額弁償請求権行使が可能であることに着目して、遺言者が、本来全財産を与えたかったAには最も重要な財産のみを与え、Aの妻子その他身近な人物(法人を含む)を、前記のような、Aに甲をBに乙をCに丙をDに丁を各遺贈したケースのCDEに相当する人物として列挙して受遺者とし、人的に分散して財産を与える旨の遺言をすれば、A側の権利として各別の価額弁償請求権行使は当然に可能になる。

また第二の手段として、遺言は条件付で行うことが可能であるから(民法九八五条二項。なお法文では解除条件には触れていないが、解除条件付遺言も有効であるとされている[新版注釈民法28一八六頁])、遺言書の中の「甲乙丙丁全財産をAに与える。」旨の文章の後に、「但し、遺留分権利者が遺留分減殺請求権を行使してきた場合には、遺留分権利者の遺留分相当額に満つるまで、順次丁丙乙の財産はAに与えない(または、当該遺留分権利者に与える)こととする。」といった旨の遺言をすれば、少なくとも甲財産を確保したい(できれば甲乙丙丁の順で財産を確保したい)というAの希望に沿うことが可能であり、実質的に個別の価額弁償請求権行使を認めるのとほぼ同様の効果を挙げることができる。

ほかにもいくつかの手段が考えられるであろう。

これらのことは、裏を返せばとりもなおさず遺留分権利者と特定財産との結び付きの脆弱さ=遺留分減殺請求権の本質は現物返還請求権ではなく価値返還請求権であること=を物語るものであるといえようが、いずれにしてもかように実質的に比較的容易に回避する手段がある以上、価額弁償請求権は一括行使のみを許すとする解釈論に固執するメリットはないし、むしろ原判決のような解釈論は、その結果を望まない関係者がこれを回避する手段をとる過程で無用な副次的紛争を生じさせる可能性も孕んでいるので、到底適切な解釈論とは言えないというべきである。

六 近時の判例が価額弁償請求権を重視する方向にあること

最高裁判所第三小法廷平成九年二月二五日判決(判例時報一五九七号六六頁)は、価額弁償について従前の現実の履行または提供を要するとの立場(最判三小昭和五四年七月一〇日、民集三三巻五号五六二頁)から、実質的に価額弁償をし易い方向に一歩を進め、価額弁償者が裁判所の定める金額を支払う旨の意思表示をした場合には条件付きの判決主文を書くべきことを判示しており、近時の判例の傾向は価額弁償請求権を重視する方向にあることが明らかである。

従って、価額弁償請求権の個別的な行使を認める申立人の考え方は、価額弁償請求権を重視する近時の判例の傾向に沿うものということができる。

また、仮に価額弁償請求権は一括行使のみが許されるとするとすれば、意思表示自体は一括して行ったとしても、受遺者側が一部の財産に相当する価額弁償金を現実に支払うことができなければ、価額弁償の意思表示は全体として無効になると解するほかはないはずである。しかし、右平成九年最判の事案の第一審判決(大阪地判平成三年五月八日)では、株式については価額弁償の主張を認め、不動産については価額弁償の主張を否定したとのことである(判例評論四六五号四三頁二段目)。この裁判例は、価額弁償請求権の個別的な行使を容認する趣旨として把握することができると思われる。

七 原判決の引用する裁判例・判例について

1 原判決は、東京高裁平成五年一一月三〇日判決(甲九の二)及び最高裁判所平成八年七月一二日判決(甲四〇)を引用して、これらの裁判例・判例が原判決の判断と同趣旨であるとするので(原判決三四頁四行目以下)、以下この点について述べる。

2 東京高裁平成五年一一月三〇日判決(甲九の二)は、特定財産に限った価額弁償請求権行使の可否について、結論として原判決と同旨の解釈をしている。判示部分は次のとおりである。

「民法一〇四一条一項の『贈与又は遺贈の目的』とは、贈与又は遺贈の目的とされた財産全体を指すものと解するのが相当であり、贈与又は遺贈を受けた者において任意に選択した特定の財産に限定し、これについての遺留分のみについて価額による弁償をすることは遺留分減殺請求権を行使した者の承諾があるなど特段の事情のない限り、できないものというべきである。…仮に控訴人主張の見解(贈与又は遺贈を受けた者が、贈与又は遺贈の目的とされた財産を構成する特定の財産について、その価額のうち遺留分割合に相当する価額を弁償することによりその特定財産の返還義務を免れることができるとの見解)によれば、贈与又は遺贈を受けた者は、贈与又は遺贈の目的とされた財産の分割の手続を経ないで、遺留分権利者の意思にかかわらず特定の財産を優先的に取得することができることとなり、遺留分権利者の利益を不当に害することになるから、控訴人主張の右見解によることは相当でないものというべきである。」(同判決書四丁表二行目以下。以下この部分を「甲九の二理由1」という)

しかしながら、まずもって注意すべきは、右甲九の二理由1は、同判決書三丁目裏八行目以下の、

「文世が価額による弁償としてした右弁済供託に係る金額が、右弁済供託時において、右の目的物(文蔵が保有していた申立人の株式)の返還に代わるものとしてこれと等価であることを認めるに足りる証拠はなく、当該株式について適法な価額による弁償があったものとすることはできない。」

という部分(以下この部分を、「甲九の二理由2」という)の後に、「のみならず」として付け加えられているという点である。

すなわち、価額弁償の有効性の争点に関する同判決書の判断は、基本的には、右甲九の二理由2で完結しており、その余の記述(甲九の二理由1)はいわゆる「念のため」の記述というべきものである。

そして、右甲九の二理由1は、内容的にも次のような問題点を指摘することができる。

まず第一に、「財産の分割の手続を経ないで」という表現をとっていて、遺留分減殺請求権行使後の権利関係がいわゆる遺産共有なのか物権共有なのかを曖昧にしている点である。どちらの共有形態なのかによって、分割手続も分割に対する共有者の利害も異なってくるのであるから、基本的な権利関係を曖昧にしたままの論理展開は理詰めさに欠けるものと言わざるを得ない。なお原判決は、この点を「共有物分割の手続を経ないで」と言い換えているが(原判決三三頁二行目)、仮に甲第九号証の二の判決が遺産共有を前提に考えているとすれば、表面上の文章の類似にかかわらず、同判決と原判決は同趣旨とは言い難い。

また、第二に、「贈与又は遺贈を受けた者は、贈与又は遺贈の目的とされた財産の分割の手続を経ないで、遺留分権利者の意思にかかわらず特定の財産を優先的に取得することができることとなり、遺留分権利者の利益を不当に害することになる」との点も、一体遺留分権利者の如何なる権利がどのように害されるのか全く明確にされておらず不合理である。遺留分減殺請求権の本質が現物返還請求権ではなく価値返還請求権と解すべきことは前述のとおりであるが、そうだとすれば、遺留分権利者は、当該特定の遺産について正当に評価された価額弁償金を受け取れれば価値的な不利益はないはずである。全部について価額弁償があれば「利益を不当に害される」ことはないのに、特定財産についてのみ価額弁償があると「利益を不当に害される」というのも右の観点からは到底合理性を見いだすことはできない。結局、右甲九の二理由1は、表現こそ曖昧にしているものの、遺留分減殺請求権の本質を現物返還請求権であると誤解した視点に立ち(この点は原判決と同じ)、遺留分減殺請求権行使後の権利関係を遺産共有的なものと把握し、それゆえ財産の分割の手続では、各財産の観念的な共有持分にかかわらず流動的に、ある財産は受遺者に、ある財産は遺留分権利者にといった具合に遺産分割的な分割手続が行われることを想定しているのではなかろうか。そうだとすれば、甲九の二理由1の考え方は、物権共有となることを明示する前記最高裁判例(最判二小平成八年一月二六日、判例時報一五五九号四三頁)と基本的に相いれないものと言わざるを得ない。

3 次に、最高裁第二小法廷平成八年七月一二日判決(甲四〇)であるが、同判決は、決して特定財産についての価格弁償を許さない旨を判断したものではない。

同判決の実質的な判決理由は、

「所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決の結論に影響のない説示部分を論難するものにすぎず、採用することができない。」

という記述で全てである。

すなわち、右判決理由は、上告理由に対して、「論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決の結論に影響のない説示部分を論難するものにすぎず」と述べているのであり、敷衍すれば、前記甲九の二理由2の事実認定(「文世が価額による弁償としてした右弁済供託に係る金額が、右弁済供託時において、右の目的物[文蔵が保有していた申立人の株式]の返還に代わるものとしてこれと等価であることを認めるに足りる証拠はなく、当該株式について適法な価額による弁償があったものとすることはできない。」という事実認定)に依拠して上告を棄却したものであることが明らかである。前述のように、甲九の二理由1はいわば念のための記載であり、そこで述べられている法律論が正当であろうとなかろうと、甲九の二理由2(これこそまさに「原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定」の部分である)が首肯しうるものである限り、甲九の二理由1(これが「原判決の結論に影響のない説示部分」にあたる)の当否を判断する必要はないわけであって、甲第四〇号証の判決理由の趣旨は右に尽きるものである。

もし仮に、甲第四〇号証の判決が、価額弁償請求権の個別的な行使の可否について判断するのであれば、この問題は従前必ずしも充分な判例・学説のなかった論点である上、実務上かなり意味のある論点であるから、法律審として相当踏み込んだ理由付けを伴った判決がなされたはずであるし、また、そうではなく仮に判決理由が右のような簡易なものであるとしても、一般の法律関係者がこの判決を価額弁償請求権の個別的な行使の可否について判断した判例と位置づけたのであれば、判例雑誌等で新判例として扱われ広く紹介され評釈等の論議がなされているはずである。そのようなことがないことからみても、同判決がこの問題について判断していないとみるべきことは明らかである。

4 以上のように、原判決が引用する判例・裁判例のうち、東京高裁平成五年一一月三〇日判決は論理に混乱がみられる上、原判決同様に遺留分減殺請求権の本質を見誤っているから、到底原判決の論理を補強するものではあり得ない。また、最高裁第二小法廷平成八年七月一二日判決は、この問題について判断していないから、決して原判決の考え方を支持するものとは言えない。

八 以上多角的に検討を加えてみたが、どの観点からしても、受遺者等が個別の財産に対して価額弁償請求権を行使することを認めるのが合理的であることは明らかである。

思うに原判決は、遺留分権利者が遺留分減殺請求権を行使した段階で、確定的な意味での「共有関係」が生じ、これが価額弁償請求権の行使という新たな要素によって共有の解消という変容を来すとの発想を前提としていると解される。時間的な流れで言えば、遺留分減殺請求権が行使されて初めて価額弁償請求権が行使できるのであるから、遺留分減殺請求権の行使の瞬間に形成された「共有関係」が、その後の価額弁償請求権の行使により解消されることは確かである。しかしながら、遺留分減殺請求権行使の結果生じている「共有関係」は決して確定的なものではなく、もともと価額弁償請求権による解消の余地を内在する暫定的な性格をもつものである。換言すれば、価額弁償請求権が有効に行使されなかった部分について、初めて確定的な意味での「共有関係」が現出するものなのである。従って、「共有物分割の手続を経ないで、遺留分権利者の意思にかかわらず特定の財産を優先的に取得することができることとなり、遺留分権利者の利益を不当に害する」との原判決の記述(原判決三三頁二行目以下)は、“初めに共有関係ありき”との思考を前提とするもので、論理的に本末転倒していると言わざるを得ない。この問題点については、まず遺留分権利者の権利の本質を検討し、それとの関係で価額弁償請求権とはいかなる範囲でどのように行使できると解すべきかを検討し、その結果残されるのが共有関係である、という観点からの思考が正当であり、不可欠である、と解される。

そして、繰り返し述べてきたように、遺留分減殺請求権の本質は現物返還請求権ではなく価値返還請求権とみるべきなのであるから、特定財産についての価額弁償請求権の行使は決して遺留分権利者の権利を害するものではなく、これを否定する理由は全くないというべきである。

原判決は、民法一〇四一条一項についての解釈を誤っており、破棄されなければならないものである。

第二 民法二五八条の解釈について

一 <省略>

二 <省略>

三 原判決は、主文第四項で、一定の株券を相手方らに引き渡すことを申立人に命じている。

しかしながら、昭和五六年六月九日法律第七四号による商法改正により単位株制度が導入され、その附則一五条により上場会社についてはこれを導入したものとみなされており、また、単位株制度を導入した会社においては、同附則一八条二項により、株券の再発行の場合以外は単位未満株式についての株券を発行できないとされている。

原判決が主文第四項で申立人に相手方らへの引き渡しを命じた株券のうち、その表章する株式を発行している新日本製鉄株式会社、株式会社東芝、株式会社日立製作所及び東京電力株式会社は、上場会社であり、それぞれ一〇〇〇株、一〇〇〇株、一〇〇〇株、一〇〇株を単位株とする株式会社である。これらは公知の事実である。

従って、これらの会社の株式を現物分割して、共有株式全体を事実上支配している共有者の一人に他の共有者への株式の給付をさせるとしても、右単位未満の株数の株券の引き渡しを命ずるためには、当該共有者の一人が当該単位未満の株数を表章する株券(数枚合計でも可)を既に所持しているか、あるいは紛失等による再発行として当該単位未満の株数を表章する株券の発行を当該株式会社に請求することができる立場にある事実を認定した場合でなければならないはずである。さもなければ、法的に不能な給付を命じることになるからである。それ以外の場合には、代償分割や売却→代金分配等の他の分割方法をとらなければならないものと解される。

よって、漫然と単位未満株式の現物分割を行い、単位未満株券の交付を命じた原判決には、民法二五八条の解釈に誤りがあり、原判決は、破棄されるべきである。

第三 民事訴訟法二四六条違反について<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!